お嬢様、おぬいぐるみ inですわ~ ―まるっとぬいが動き出したんですけど!?―
「お、サロメお嬢様の4周年記念配信のスケジュールが出た!」
お嬢様を推しはじめて結構な月日が流れている。もう4周年とは感無量だ。
「はぁっ!」「はぁぅ!」
「この日は定時で上がらないとな~」
「はーぉん!」
「お祝い用のケーキとか頼んじゃおうかな~」
「はーぉん!💢」
現実から目を逸らすもそろそろ限界が来ている。
今日届いた「にじまるっと ぬいぐるみ」はデフォルメされたサロメお嬢様の得意げな笑みがかわいいぬいだ。
このぬいが何故か「はぁっ!」「はぁぅ!」と喋り始めた事実に向き合わねばなるまい。
私は覚悟を決めてぬいに語りかけた。
「にじさんじのドッキリ企画かなにかだったりします…?」
「はーぉん?💢」
怒りの表情のぬいがこちらを見上げる。
どうやらドッキリではないらしい。
「この大きさで滑らかに動いて喋るロボットが中に入ってる…っていうのは無理があるよなぁ。しかも表情も変わってるし、裁縫にしか見えないのに」
両手で包み込むようにしてほっぺたをつまむ。
「ぴー❗️ぴー❗️❗️」
めちゃくちゃ嫌がられた。
「あ…ごめんなさい」
「ぷー❗️」
部屋のすみっこに逃げていくぬい。
(実家の猫もお迎えした時こんな感じだったなぁ)
昔の記憶を引っ張り出して、気持ちを切り替える。状況はよくわからないが、相手がいるのであればちゃんと向き合ったほうが良さそうだ。
ゆっくりと動いて背中をかがめ、目線をできるだけ合わせる。
口を一文字にして警戒の表情のぬい。こちらを睨んでいるように見える。
「状況が飲み込めて無くて失礼しました。わたしの名前は百瀬です。良ければお話をしてくださいませんか?」
しばらく無言で視線を交わす。1分ほど待っているとゆっくりぬいがこちらに歩いてきた。
良かった。とりあえず一歩前進だ。
「なにが起きているんでしょうか?」
「はぁぅ!」
「…ぬいぐるみの妖精的なものだったりします?」
「はぁ!はぁ!」
身振り手振り、表情、鳴き声でぬいが何かを訴えているが可愛いことしかわからない。
一歩後退した。
何かの言葉が喋れるわけではないようだ。
頷きの「はい」と首を横に振る「いいえ」だけは何とか把握できた。
「これ普通にお喋りは難しそうだな…ええーと、ボールペンと紙はどこだっけ」
喋れないなら他の方法で意思疎通をしよう。紙をぬいの眼の前に置いてボールペンを渡す。
「これで、なにか書けます?」
ぬいは頷きと首を横に振るのを高速で繰り返している…
「えーと、はいといいえを繰り返すってことは…部分的にそう?」
どうやら正解らしい。アキネーターやってる気分になってきたな…
右手と顔でペンを抑えながら動かしている。
(ぬいの手が短すぎて両手でペンを持てないんだ…!)
ペンを取りおとすこと数回、ギザギザの線は書けるが何を書いているかわからない。
「うーん、書くのはだいぶ難しそうですね。」
肩で息をするようなジェスチャーをしているぬい。かわいい。
見た感じ書くのは出来なくなさそうだが時間も掛かるし疲れるみたいだ。書いた内容もよくわからない。
「じゃあ…スマホは使えます?ここをタップしてみてください。」
そういってメモアプリを起動してスマホを差し出す。
ぬいは何度も画面をタップする。スマホは何の反応もしない。きょとんと顔を横に倒すぬい。かわいい。
「あー、指じゃないから反応しないのか。」
タッチペンの先端だけ取り出して手に固定できるようにすればできるか?タッチペンも家には無いからすぐには試せないな…さてどうしたものか..
色々試したが、最終的に絵文字の一覧を印刷したものを指差ししてもらう形に落ち着いた。
スマホに表示されていた絵文字をぬいが見つけて反応したのだ。
ぬい「😊👍」
「いやー、お話ができるようになって良かったですねー」
「💯✨」
サロメお嬢様はぬいまで、絵文字ネイティブなの解釈一致だ。
意味も大まかには分かる。絵文字読解力がお嬢様の投稿で鍛えられていて良かった。
「では改めて、何が起きているんでしょうか?」
「❓」
しまった、質問が大雑把過ぎたか。
「ここに来るまでの記憶ってあります?」
「🧠💦❓」
「えーと、よく覚えてない?で合ってます?」
「👍」
ドヤ顔しているのはよくわからないが、ビシッとサムズアップの絵文字を指し示す。
「🤔…🐇❓」兎?兎を飼ってる人の所にいたのだろうか?絵文字と一緒なポーズで手を当てて首をかしげているぬい。本人的にもぼんやりした記憶なのだろう。
まあ、忘れているだけならいつか思い出すかもしれない。
マンションのベランダに迷い込んできた猫を保護した時のことを思い出す。エレベーターに張り紙したり、管理会社に電話したりして飼い主の元に戻したっけ。
だれかぬいの持ち主?飼い主?同居人?が居るのであれば戻るお手伝いをするとしよう。
お話したり、お出かけして過去の記憶に結びつくものでもあれば、徐々に記憶が戻るだろう。
その間、推しの姿をした動いて喋るかわいいぬいをまったり愛でてもバチはあたるまい。
そう方針を立てたその時
『ポーン』
ぬいとお話していたスマホに通知が来る。
サロメお嬢様の新規ポストの通知だ。驚きすぎて頭から抜けていたがそろそろ配信の時間だったか。
「本日の配信は、本人の体調不良によりお休みとさせていただきます。何卒ご理解のほどお願いいたします。 【代理投稿:マネージャー】」
マネージャーさんによる代理投稿?こんなの初めてじゃないか?大体事前に「駄目かも」みたいな投稿があって本人がお休みを投稿しているはず。
自分で投稿出来ない状態?重い病気や事故で意識不明とか?
サロメイトの体調を心配する声やご養生ください、待ってますわ というリプライが増えていく画面を見ながら固まっていた。
バシバシと音が聞こえる。
「😰」「😰」「😰」 ぬいが青ざめた顔の絵文字を何度も何度も叩いている。
意識不明…動いて喋る意識のあるサロメお嬢様のぬい…
「もしかして、意識がぬいに移っちゃった…ってコト!?」
「🧠💦❓」
「🎞️❌ 🎅🎿😄💖❌ 😭」
記憶は無いが、配信が出来ないと笑顔を届けられなくて悲しいということらしい。
お嬢様本人かどうかは分からない。でも本人だったら、4周年記念配信が出来なければサロメお嬢様が悲しむことになるし、体もどうなっているかわからない。
本人だと思って行動するのが一番いい。そうじゃなかったら杞憂だったね、で済む。
「サロメお嬢様。元に戻って記念配信をやりましょう。サロメイトに笑顔を届けましょう。できる限りのお手伝いをします。」
「👀‼️ 😤💪」
記念配信までの4日間、お嬢様の意識を無事取り戻すための二人の挑戦が始まった。
始まったはずなのだが…
なぜお嬢様は、喫茶店おままごとセット~カラフルスイーツver~で遊んでいるのだろうか?
夢主「あのーサロメお嬢様…メガ盛りパフェの盛り付けが終わったら、お話に戻りませんか?」
ぬい嬢「😭」
おもちゃを忘れていった姪っ子ちゃん(4さい)と姿がダブる。YouTuber風にパフェのレビューをしたらアホほどウケたのも一緒だ。
どうも二十余才のノーマルお嬢様からだいぶ幼児退行した状態でこちらに来られたらしい。
「本当に元に戻れるのかな…?」
–配信当日 にじさんじサイド—
一方その頃、ソフィアのお家ではサロメがベッドに横たわっていた。
ソフィアがそわそわと体を動かしながら通話している。
「ーーーというわけで、センパイが目を覚まさないんです。最初は疲れて深く寝ているだけかと思ったんですが、もしかするとアレかもと思ってーー」
電話の向こうから樋口の声が聞こえてくる。
『うーん、聞いてる限りソフィちゃんの見立て通り、にじ案件っぽいなぁ。ソフィちゃんは身近で起きたの初めて?ーーーそうそう、ライバーに不思議な出来事が起きるやつ。存在しない博物館に迷い込んだり、夢の世界に入ったりとか。ーーーえ、最近って最初の研修で動画見るの?後で見せてもらお。』
『にじ案件知っとる医者ももう到着する予定やし、解決の為の手は打っとくから心配いらんいらん。ただ、もうすぐやろ?4周年。ちょっと間に合うかはわからんなぁ。』
『ーーーえ?お嬢うっすら光ってる?おもろすぎるやろ、後で写メ送っといて』
—
元に戻る為に、まず試してみたのが記憶の検証だ。
「リフティング」
「❌」
「皿回し」
「❌」
デビューしてからやったことをいくつか挙げて、覚えているか、なにか感じる所があるのかを確認中だ。
リフティングも皿回しも覚えてないらしい。きょとんとした表情でバツの絵文字を指し示している。
考え込んでるとぬいが袖を引っ張ってきた。
「⚽」
サッカーボール…リフティングやってみたいってことか。
ぬいに合わせて小さめのスーパーボールを渡してみる。
あ..足が短すぎて蹴れないらしい。ぬいの足1cmぐらいだもんなあ。
「💢」
ムキーッ!っとなったぬいをなだめながら風船を膨らませて渡す。動きにくくてもゆっくり落ちてくる風船なら頭でリフティングできるみたいだ。
…かわいい。動画とっとこ。あ、キメ顔してくれた。流石お嬢、どんなときでもファンサを忘れないんだなぁ。
お嬢様本人と考えて元に戻れるようにしているけど、まだ迷いぬいの可能性もあるよな。
念のため『迷いぬい、持ち主を探しています』、ってタイトルで動画をアップしておくか。
本人に確認を取ってアップしておいた。これで持ち主さんが見つかれば話は早いんだけど…
その後も空振りが続いていたが、違う絵文字を指し示すものがあった。
「ゾンビ」
「😱」
「虫」
「😐」
「ガソリンスタンド」
「⛽」
ゾンビについては配信を始めて克服したはずだ。虫は学生時代に平気になったと話していた。ライバーになる前はガソリンスタンドでバイトしていたとも聞いた。
この感じだと具体的な記憶は無いがライバーになる前ぐらいの状態なのだろうか?
ならばライバーとしての活動を見たり体験すれば記憶を取り戻すきっかけになるのではないだろうか。
「お嬢様、ではちょっと見てもらいたい動画があるのですが…」
ぬいの前にスマホを置いて、デビュー配信の動画を再生する。
「OPでりっくんが回ってるのまだおもしろいんだよなぁ」
異例のソロデビューってことで社長のライバーデビュー説とかも流れたんだよな。
「❓👩🌀👨🌀❓」
「なんで女の人と男の人が回ってるのかと言われましても…」
それはサロメイトの方が聞きたい。
サロメお嬢様の挨拶と自己紹介が始まり、ぬいは食い入るように画面を見つめている。
趣味(本物)と趣味(偽物)の紹介が始まった。
「🫖😄 😴👍 💎💖」
「🎹❓ 🎻❓ 🏇❓」
あ、やっぱり本当にピアノや乗馬は趣味じゃなかったですね。
そして胃カメラ写真の公開である。
「🧠🫁🫀‼️‼️」
体の中を表す絵文字を連打されていらっしゃる。胃の絵文字は無いらしい。初めて知ったなぁ。
「たまたま、にじさんじのライバーを知り始めた所で、新人のデビューがあると聞いて見たんですけど、これは衝撃でしたねー。 」
いつの間にかぬいがこちらをじっと見つめている。
「😄 👀💖」
配信についてニコニコ語っている顔を見られたらしい。
サロメイトを笑顔にするのが好きなお嬢様らしい。
サロメお嬢様を元に戻さねば、と決意を新たにした。
続いてバイオハザード配信が流れたら、ぬいが仰向けに倒れて青い顔でぐるぐる目になっている。
ゾンビ、思ったより駄目みたい。
ちょっとお休みしたほうが良さそうだ。
ハンカチをぬいに掛け、即席のお布団にして休ませる。
…かわいい。写真とっとこ。
シーンとした静寂が戻ってくる。
さっきまでのドタバタの勢いで興奮していた頭が冷えて状況を振り返る。
ぬいが動いて喋って、お嬢様の意識が移ってるかもしれない。本人の身体がどうなってるかも分からない…
これ…まずいんじゃないか…なにか方法は…だれかエニーカラーの人に連絡しないと…
ほとんどパニックになりながらエニーカラーの電話番号をググって掛ける。
ぬいが動いて、お嬢様になにか起きているんじゃないかと心配で…と話をした所で自分が言ってることが無茶苦茶であることに気がついて顔が青ざめた。
電話の向こうからは『申し訳ございませんが、そういった企画の持ち込みでしょうか。大変興味深いのですが個人の方からの持ち込み企画は受け付けておらず..ファンとしての創作活動を行っていただく際はガイドラインに沿って…』
丁寧に受け答えされて、慌てて謝罪して電話を切った。
どう考えてもヤバい人の妄言だ。
誰かに信じてもらうのも難しそうだ。
どうする、どうする、と頭が空回りしている所で袖を引っ張られた。ぬいが何か話したいらしい。
「🙍♂️🧠❌」
「👨💬🗨️👩💯」
一人で考えずに二人で相談しましょう…って言いたいようだ。
そうだ、私は一人じゃない。100満点のお嬢様と一緒だ。
「💬🟰🫖➕🍪」
ティーカップとお菓子の絵文字が示される。
「お話のためにお茶会しましょうってことですか?」
ぬいなのにどうやって…飲み食いを…?
喉まで出かかった言葉を飲み込んで私はティーセットを用意した。
結果として、ぬいは飲み食いできるらしい。
皿に近づいたぬいが食べるような口の動きをするたびに、クッキーが虚空に一口ずつ消えていった。
紅茶もカップを抱えるように手を添えると中の紅茶が少なくなってく。
えぇ…じっくり見てもどう消えてるかわからない…
「👩👄🍪 👀❌」
レディの食事をじっくり見ないでほしい、らしい。はい、ごもっともです。
動画の撮影投稿は基本OKらしい。VTuber魂だなぁ。
お茶会をしているなかでさっきの電話が上手くいかなかったことをぬいに話す。
ぬいがよくわからない絵文字を指し示す。
「✉️💯 ➡️ 👩📋✒️」
手紙を送る…?クリップボードを持った女性?
確認するとマネージャーさんに手紙を送りたいらしい。
初配信の時に配信用のスマホのパスワードを忘れるというトラブルがあった。
マネージャーさんが必死になって代わりを手配してくれたのを思い出したそうだ。
「記憶戻ったんですか!?」
「🧠 💯❌ 1️⃣⭕」
確認すると、初配信にまつわる記憶を少しだけ取り戻したようだ。
マネージャーさんは確認も兼ねてファンレター全部読んでるらしい。凄すぎない?
ファンレターとして手紙を送れば読んでもらえるとのこと。
「いたずらと思われるかも…」さっきの電話が頭をよぎる。
「👩📋✒️ 📛」
名札…?マネージャーさんの名前?
サロメお嬢様だけ呼んでるマネージャーさんの愛称があるらしい、それを書けば分かるはずだとのこと。
「👩⬅️📝」
じゃあ名前を教えてください、というと自分で書きたいらしい。
自分で書いたらわかってくれるはず、とのこと。お嬢様、時々重い感情見せますよね。
短い鉛筆と便箋を渡して書いてもらうことにした。
…鉛筆を取り落とす音が何度も聞こえる。10回から先は数えていないが、ようやく書き終わったようだ。
鉛筆を杖の様にして寄りかかりながら肩で息をするような動きをしている。なぜか顔に汗のような滴の裁縫も増えている。表情が豊か過ぎる。Live2Dモデリング3.0が搭載されているみたいだ。
鉛筆に苦戦しているぬいの動画も撮らせてもらった。かわいい。
便箋には「〇〇ちゃん まってて」の文字がある。
これで、まずは連絡ができるはずだ。
紅茶の好きな茶葉とショットガンの強さも思い出したらしい。それは必要なタイミングあるのだろうか…
ただ、過去の配信や好きなものに触れて記憶を取り戻すというのは効果があるみたいだ。
この方向性で記憶を取り戻していけば解決につながるかもしれない。
ガチャで出たおもちゃみたいな銃のフィギュアを渡すとドヤ顔で構えてくれた。腕が短くて抱えているみたいになっている。かわいい。
そこから、いくつか初期の配信を一緒に見た。空気読み、絶体絶命お都市、朗読、棚の組み立て配信など…
ユーロトラックシミュレーターを見た時は荷台にミチミチに詰め込まれたサロメイトのマネなのか、小さい箱に入った後に出れなくなって「はーぉん!💢」っておキレあそばされていた。
耳の造形が結構しっかりしてて引っかかったらしい。おハーブ。動画も撮らせてくれた。
「配信見ていくつか思い出しましたけど、解決につながりそうな感じはしないですね。」
絵文字を指し示して返事が来ると思いきやぬいは動かない。
どうしたものかと思ったら目はほとんど閉じられていて、うつらうつらと頭が前後に揺れている。
「あー、もう夜ですもんね。どうするかは明日考えましょう。」
「🛏️ 💤」
「お布団代わりのクッション用意しますねー」
こうして一日が終わった。
朝食を食べながら今日は何を試すか?という話をしている。
ちなみに今食べてるのは初期の配信で好きだと言っていたマヨ卵食パンだ。
一度試した記憶が蘇ってくる。あの頃は色々サロメお嬢様に影響を受けて新しいことを試していたなぁ。
「というわけで、次はサロメお嬢様の趣味を試してみたいんですよ。」
「❓」
パンを食べながら器用にお返事をするぬい。
口の端に卵の黄身が付いているのでハンカチで拭わせていただく。
「配信を見るのもいいんですが、別のことを試してみたいんですよね。」
「🎹❓ 🎻❓ 🏇❓」
このぬい、自分で自分をイジってないか?
フッ…おもしれーぬい。
朝食も終わり、お嬢様の好きなコンテンツから試していくことにした。
ハリー・ポッターの映画を再生してみる。
いつの間にか、ハンカチやらフィギュアのパーツやらを集めて魔法使いの帽子と杖を準備されている。かわいい。
昨日の配信で多少記憶が戻ったのかぼんやりとは分かるみたいだ。
特にヴォルデモートの登場シーンへの食いつきがすごい。
「🥛」
どメロついて喉が乾いたらしい。飲み物を所望された。
配信でも「好きぃ」って呻きながら飲み物取りに行ったことあったなぁ。
映画を見ている際に絵文字を指し示す音が聞こえる。ぬいの方を見ると
「🪄✨」
えーと、魔法?魔法かっこいいとかの感想ですかね?
どうやら、ハリー・ポッター好きなのは運命、ぬいになるとか不思議な事が起きたんだから魔法で解決できるかもしれないとのこと。
それっぽい呪文を調べるとリナベイトが気絶から回復させる魔法のようだ。
目を閉じて杖を構えたぬい。
カッと目を見開いて呪文を唱える。
「はぁぅ!」
….
「はぁぅ!」
….
何も起きない。
あ、顔が全部赤くなってる。
「残念でしたねー」
撮った動画をアップしつつ、ぬいに慰めの言葉をかけると、杖でこちらを指してくる。
どうやら私もやれということらしい。
「リナベイト!」
….
「リナベイト!」
….
なにも起きなかった。
2人の顔が真っ赤になっただけだった。
「な、なんでも試してみるのは大事ですからね!」
「🥵」
ヤケクソでそれっぽい呪文を試したが解決はしなかった。
「エクスペクトパトローナム!」
「なぁぅ!」
守護霊は来なかった。
映画、漫画、スト6…色々試してみるがあまり進展は無かった。
スト6ではぬいはいろんなボタンを押し分けることが出来ないので待ちザンギ戦法になっていたのは笑った。
近づいてきた敵を投げる作戦らしい。波動拳でボコボコにさせていただいた。
「えーと、次はカフェ巡りに出かけてみましょう」
「🫖💯 ‼️」
サロメお嬢様一番の趣味カフェ巡りである。
うごくぬいを連れて外出して大丈夫なのか?と思って控えていたが家の中でできることは大体やった。
次は外で出来る趣味だ。
「😑」
「なんですかその表情…」
ぬいポーチに入ってもらおうとしたら無表情の絵文字を指された。
なんか不満のようだ。
「⬛❌ ✨⭕」
あー…デコってないぬいポーチはご不満ですか…
まあ、狭い所に押し込められたら、と考えれば見た目や過ごしやすさは重要かぁ..
「わかりました。まずはハンドクラフトとか雑貨のお店でデコるものを見て回りましょうか」
「💯 💯 💯」
お褒めの言葉をいただいた。同じ絵文字の繰り返しは強調表現らしい。
お店でぬい入りのポーチをカバンに引っ掛けて小物や飾りを選ぶ。
ポーチの前に飾りをかざすと表情が変わるので選びやすい。
合うものをかざすとニコニコされるので、購入してポーチに配置する。
ポーチの中が華やかになってぬいも大満足だ。
ふと、眼の前の広告が目に入る。
「サロメイトの有志がお嬢様の広告を出したことがあって、見に行ったことがあるんですよ。通りすがりに話題にしてる人がいて嬉しかったなぁ。」
ぬいから微笑ましいものを見るような目線を感じる。
気恥ずかしくなって慌てて次の予定を話す。
「近くの公園のバラが見頃なんですって、行ってみますか?」
公園に行き、デコったポーチをバラの前にかざして写真を取る。
薄い紫のバラとぬいのカラーが合って大変可愛らしい。
ニコニコ写真を撮っているとぬいがポーチを内側から叩いている。どうやら出してほしいらしい。
ジェスチャーに従っていると、ぬいが花の下に潜り込み傘をさしているような構図になった。
「あー、こういう感じもいいですねー」
バラを楽しみながらしばらく撮影を続けた。
公園の次はカフェだ。
ロイヤルミルクティーが評判のおしゃれなところらしい。
(配信でお話されてたロイヤルミルクティー、本格的な所で飲んでみたかったけど最近は新しいことを試す気力が無かったんだよなぁ)
テーブル席に通され、ぬいをポーチごと机の上に置く。
(普通のぬい活だと思われるはず…人のぬいが動いて喋るなんて普通は思わないだろうし。)
ぬい用も合わせて2人前頼むと怪訝そうな顔をされたが、ちらりとぬいに視線を向けるとそのまま注文を受けてくれた。
(撮影用とか思われたかなぁ..本人もとい本ぬいが食べるんですけど)
ティーカップやスイーツに近づけたぬいを撮影し、美味しくいただく。
ぬいの前に置いた紅茶やスイーツもガンガン減っていく。
しばらくするとぬいが仰向けになった。
(!! 外では目立たないようにするって話ししてたのに…)
小声でどうしたのか尋ねるとお腹を擦っている。
(至ったんだ…!!小さい体で美味しいものを夢中で食べたから…!!)
デベソと膨れたお腹を晒しているぬい。こころなしかデフォルメもラフになっている。
(見たことある!! ひゃくまんてんばらサロメちゃんおまんがで!!)
皿を下げに来たウェイターさんに2度見されてしまった。
「私は自作のぬいを作ってるつよつよサロメイトですが?」と見えるように余裕な顔を取り繕っておく。
バレないことを祈りながらぬいを回収して撤退した。
そうやって色々試していると、4周年記念配信当日になってしまった。
–配信当日 にじさんじサイド—
私がサロメちゃんのマネージャーになってはや4年。
初配信の時に配信用のスマホが使えなくなるというトラブルから始まり、大なり小なりトラブルはたくさん乗り越えてきた。
でも今回のこれはかつて無いピンチかもしれない。
サロメちゃんが呼ぶ自分の愛称と「まってて」と書かれたファンレターを見てギリギリまで告知を遅らせた。
サロメちゃんの配信機材もソフィアさんの家に持ち込ませて貰って意識が戻って無事だったら配信が出来るようにもした。
ファンレターの送り主に連絡したくても、社内の個人情報取り扱い手続きによって私では見れない。
ライバーに不思議な出来事が起きる通称にじ案件は社内でも一部の人間だけで共有している、その弊害が出た形だ。
こういう時は田角社長が対応するのだが、あいにくライバーの案件で海外の無人島に同伴していて連絡が取れないらしい。
なんで社長が無人島に行く必要があるんですか?そもそもライバーも行かなくて良くない?
目を閉じて静かに横たわるサロメちゃんを見ながら4周年記念配信についての告知を投稿した。
—
『ポーン』
サロメお嬢様のアカウントに告知が流れる。
「本日の4周年記念配信につきまして、状況により延期となる可能性がございます。開始直前に最終判断を行い、改めてご案内いたします。何卒ご了承くださいますようお願いいたします。【代理投稿:マネージャー】」
告知を見て心臓が跳ね上がる。
「😰」
血の気が引いた顔文字を指すぬい。私も同じ気持ちだ。
記憶は少しずつ戻ってきてる。配信やサロメイトに関することも少し思い出せている。もう少し時間があれば何とかなりそうな気はするが、配信開始時間は直前に迫ってきている。
告知のポストの返信、配信の待機チャット、YouTubeのフリーチャット配信枠に心配のコメントが増えていく。
しゅんとしているぬいに語りかける。
「私はサロメ様からお嬢様を目指す心意気を学びました。皆様方を100満点の笑顔にしたいという志を受け取りました。最後まで100満点を目指しましょう!」
「‼️ 💪」
告知を見ているSNSの画面で新しい通知が表示された。
追加の告知があったのかと見てみると、自分の投稿への通知だった。
(バグかシャドウバン?自分の投稿への通知がしばらく見えてなかったみたいだ)
ぬいと一緒に通知を覗き込む。最初に迷いぬいかも?と思った時に投稿していた『迷いぬい、持ち主を探しています』動画やその後投稿した動画への返信だった。
『かわいすぎてずっと見てしまう』
『ぬいにサロメ様が宿ってるみたい』
『ほんとにこういう動きしそうでおハーブ』
『持ち主が寝てる間に動き出してそう』
『尊い。ぬい買いました。』
『リフティング回の動きの癖を再現しているのレベル高い』
『これ本当にストップモーション?動きが滑らか過ぎるんだけどAI?』
まだまだすごい数のコメントがついている。
ギリギリの状況だけど思わず二人で笑顔になってしまった。
「ぬいになってもサロメイトを笑顔にしてしまう流石サロメお嬢様です。」
「😤 💯✨」
ん? コメントとぬいが金色に光って…?
「‼️ ‼️ ‼️」
ぬいが驚きの絵文字を指した後、私の指を手で挟み込む。
こちらに向けてにこりと微笑んだと思ったら、表情と姿勢が元のぬいに戻りそのまま倒れこんだ。
何が…?もしかして意識が戻った…?
いつもの癖でハンカチ(ぬいのお気に入りで布団としてよく指名されていたもの)に寝かしつけ様子を見る。
もし戻ったのであれば配信の方は!?
配信画面を表示するといつもの待機画面が流れている。
時間になり「壱百満天原サロメを待っています」が表示される。
来ない…意識が戻っていないのか?ぬいは実は関係が無かったのか?頭の中でグルグル考えていると…
配信画面にぬいが出てきた。
!?!?!?!?!?!?
「はぁっ!」「はぁぅ!」
画面のなかのぬいがさっきまで一緒にいたぬいと同じ喋り方をしている。
戻るには戻ったけどぬいのまま戻ったとか!?
配信チャットが爆速で流れていく
『え?』
『ぬい!?しゃべった!?』
『かわいいいいいい』
『ぬいに乗っ取られた』
『配信始まってよかった~』
『はぁぅ!』
『はぁぅ助かる』
『新衣装お披露目かー』
あ、コメントに反応してる。『わたくしが主役』タスキとか付け始めた。
しばらくコメントと戯れた後にぬいが『ドッキリ』看板を掲げた。
あ、立ち絵戻った。
「ぬいなりきりドッキリ大成功ですわ~!!!」
『ドッキリかーい!』
『びっくりした、今後はぬいが配信するのかと思った』
『導入うますぎる』
『ぬいまた出てきてほしい』
『まだ何かありそう』
「この企画のためになりきりの練習をして、ぬいになった夢までみましたわ~」
冗談っぽくサロメお嬢様が言う。配信チャットでは冗談かそこまでやったことへの驚きが並んでいる。
私には夢の話だとは思えなかった。さっきまで動いていたぬいがそうだったのだ、という確信があった。
「皆様方のおかげで…いえ、あなたのお陰で無事4周年配信を行うことができました。本当に感謝いたしますわ~」
(今確かに私に向けて言ってくれた言葉だった。ぬいと過ごした時間は無駄では無かった。)
一人のサロメイトとして4周年記念を楽しむべく、配信にチャットを入力していく。
『4周年おめでとう!!!』
—
4周年記念配信が終わってしばらくして、私はカフェに来ていた。
デビュー時からサロメお嬢様を推してきて楽しく日常を送っていたが、新しいことに手を付けるのはしばらくしていなかった。
ぬいと過ごしたハチャメチャな日々で始めたカフェ巡りも今は新しい趣味の一つとなっている。
サロメイトともやり取りを始め、今日は一緒にカフェ巡りをしている所だ。
最近の配信の感想を語り合いながら、ぬいの写真を取る。ぬい活もあの時から始めた趣味だ。
ぬいの写真を撮っていると、撮り方のコツを聞かれた。私の写真はぬいが生き生きとしてるように見えるらしい。
「ぬいが喋って動いたら何に興味を持ってどんなリアクションするかな、って考えながら構図や配置を決めてるんですよー」
冗談めかして言いながら、ぬいを見るとあの時と同じ微笑みを浮かべているように思えた。