My Fair Toy
「仕事終わりはYouTube見てダラダラするのが一番やね……」
独り言が、余計に部屋の広さを際立たせる。画面の向こうでは、推しのバーチャルライバー、壱百満天原サロメ嬢が華麗に、そして泥臭く夢を語っている。彼女を知ってから、自らの中で完結していた世界が、誰かと共有したいという願いに変わり始めていた。
気づけば、かつては忌避していたマッチングアプリをダウンロードしていた。
「これは経験、ただの社会勉強だ……」
そんな言い訳を自分に言い聞かせながら、震える指でプロフィールを埋める。
一ヶ月後。
画面に並ぶ「マッチング成立」の文字とは裏腹に、現実は何も進展しない。誰とも会えず、ただ時間だけが過ぎていく。
「俺は何を間違えているんだ……?」
自尊心が削れ、アプリを消そうとしたその時。一通のメッセージが届いた。
『初めまして。お写真を見て、格好いいなと思って。ぜひお話ししましょう』
相手は「サラミ」という女性だった。プロフィール写真は、巻いた長い髪が美しい、まるでお嬢様のような浮世離れした美人。
彼女は驚くほど積極的だった。すぐに会う約束を取り付け、翌日、池袋の銅像前で対面する。
「こんにちは。写真通りで安心しました」
現れた彼女は、写真以上の存在感を放っていた。上品な声、心地よい花の匂い。
「なんで俺なんかに?」という卑屈な問いにも、彼女は「雰囲気が良いなと思ったんです。それに、ゲームや漫画の趣味が同じだったから」と屈託なく笑った。
彼女の話す好きな漫画は、ジョジョ、ベルセルク、挙句にタフ。そのギャップに、僕は一瞬で心を奪われた。
中世のような雰囲気のカフェ。高いティーセット。
「もう敬語はやめましょう。私たち、年も近いんだから」
少しずつ距離を詰めてくる彼女に、僕は生まれて初めて、自分の人生に血が通うのを感じた。
「サラミさん……俺のこと、どう思ってる?」
夕暮れ時、我慢できずに核心を突いた。彼女は迷いなく答えた。
「すごくいいなと思ってるよ。こんなに真っ直ぐ聞いてくれる人、初めて」
僕は叫ぶように想いを伝えた。
「好きです! 付き合ってください!」
「――よろしくお願いします。佐藤さん」
彼女は小さく、聖母のように微笑んだ。
それからの生活は、まさに薔薇色だった。
何をしても楽しく、彼女とならどこへでも行ける気がした。
しかし、幸せの絶頂で迎えた一周年記念の日。約束の場所へ、彼女は現れなかった。
何度電話しても、「現在使われておりません」という無機質なアナウンスが響くだけ。
「一体、どうしたんだよ……」
池袋の街角で、用意した100本の薔薇を抱えたまま、僕は膝をついた。
彼女との思い出が走馬灯のように駆け巡る。嘘だ、あんなに愛し合っていたのに。
真っ赤に目を腫らし、魂が抜け落ちたような足取りで、ようやく自分の部屋に辿り着いた。
ガチャリと扉を開ける。
「おかえりなさい」
そこには、彼女がいた。いつも通り、上品で、美しい彼女が。
「どこにいたんだよ! 心配したんだぞ!」
僕は叫び、彼女を壊れそうなほど強く抱きしめた。
「もう、ずっと離さないからな……」
「ふふ、変な人。私はずっと、ここにいるわよ佐藤さん。」
彼女に名前を呼ばれるのも久しぶりにも感じる。
彼女は大きな口で笑い僕は記念日のアクセサリーを取り出し、彼女に贈った。
「今日はもう遅い。一緒にゆっくり過ごそうね」
そう囁いても、彼女はいつものように糸で縫い取られた微笑みを浮かべるだけだった。私は彼女の柔らかな布地の頬をそっと撫で、少しへたった綿の脚を丁寧に整えると、ベッドの枕元へと優しく寝かせた。
「ずっと一緒だよ」
僕は、彼女の刺繍で縁取られた瞳に吸い込まれるように、満足そうに目を閉じた。